文字:
20131016V_0
- 2013/10/16◥
- SYSTEM◥
- 01:12:42
- ペルセフォネ様が入室しました。
- ペルセフォネ◥
- 01:13:14
- 私は、賢しい子供だった。
- 01:14:39
- 幼い頃から誰に教わるでもなく、両親が周囲の人々よりも高い立場にある事を察する事ができた。
- 01:19:25
- だから、周囲の人が私に向ける視線の先に私個人ではなく両親の存在がある事をなんとなく意識していた。
- 01:19:45
- 私は出来るだけ周りから“良い子”だと思われるよう務めた。
- 01:21:17
- 我儘を言わず、言葉遣いは丁寧に、礼儀正しく誰からも好かれるように振舞った。
- 01:21:48
- 無理をしている、という感覚はなかった。
- 01:22:16
- そうすることが私自身の評価を高め、ひいては両親の評価を高める事に繋がると信じていたから――
- 01:22:18
-
- 01:22:54
- 神殿での仕事に忙しい父、それを支える母。両親揃って共に過ごせる時間はなかなか取れなかったが、私は父と母が大好きだったのだ。
- 01:23:20
- そんな両親は私に対して何かを強要するという事をしなかった。
- 01:23:35
- 日々の生活の節々に神に対する感謝の祈りを捧げる習慣も強いられたものではなく、両親のそれを見て真似する事から始めた。
- 01:24:21
- 幼い頃の私は"おいのり"の意味は分からずとも、それをすると両親が喜んでくれる事が何より嬉しく思えたのだ。
- 01:25:40
- そのうち私は”それ(おいのり)”が両親の仕事に関わるものだと気付いた。
- 01:25:54
- ”それ”について教えを乞えば、父も母も私の為に時間を割いてくれると分かれば私は積極的に"それ"を利用した。
- 01:29:00
- 父や母から新しい事を教わる時間は私にとって一番の幸せだった。
- 01:30:53
- 私が神の教えに興味を示した事に対しては周囲の反応も上々だった。
- 01:31:40
- さすがあの二人の娘だ、と評価されることは嬉しかった。そうして私はこの方向性が正しいのだと確信した。
- 01:31:43
-
- 01:32:13
- そんな子供らしからぬ子供だったから、当然の如く同年代の子供とは話が合わなかった。
- 01:34:12
- 彼ら・彼女らは短慮で衝動的で、同じ失敗を繰り返してばかりに見えた。
- 01:34:35
- 彼らは短慮で衝動的で同じ失敗を繰り返した。父母や大人の手前、彼らを遠ざける事は出来なかったので表面上の付き合いは続けたものの、大人と接している方が気が楽だったのを覚えている。
- 01:35:33
- 私が心に一線を引いている事を感じ取ったのか、私に対して攻撃的に接してくる子供もいたが、私はそれをやんわりと受け流した。
- 01:36:12
- 大抵の大人は私の味方になってくれたので、そうやって一時を凌いでおけば後は周りで勝手に事を収めてくれる事を理解していたからだ。
- 01:37:26
- そんな嫌な子供だったから、神官見習いの修行で神殿に出入りするようになった頃には彼らは自然と離れて行き、遠巻きにこちらを窺うようになった。
- 01:38:42
- けれど、私にとってはそんな事よりも両親に接する機会が増えた事が嬉しかったのだ。
- 01:39:28
- 父は公私を分ける人物だったから、公の場である神殿では一神官見習いでしかない私との接点はごく薄いものだったし、
- 01:40:04
- 母にしても司祭という立場にあり、父同様に遠い人である事に変わりは無かった。
- 01:40:45
- それでも、両親の働きぶりを遠目にでも見る事が出来て私は満足だった。
- 01:40:46
-
- 01:41:19
- 私の黒髪は父譲りだ。
- 01:41:32
- その父の黒髪には物心ついた時から既に白いものが混ざっていた。
- 01:42:37
- ずっと変わらぬ母に対して、父だけはゆっくりと、だが確実に目に見える形で歳を重ねていく。
- 01:43:26
- 黒かった髪は白が混じり灰色に近づいてゆき、手や顔に刻まれたしわは深くなってゆく。
- 01:45:28
- それは私に”人間とエルフの過ごす時間の違い”というものを思い知らせ、打ちのめした。
- 01:45:39
- 父はいずれ私や母を置いていなくなってしまうのだ。
- 01:46:48
- その事に私は計り知れない恐怖を覚えた。”その時”を想像すると胸が張り裂けそうで、ベッドに潜り込んで人知れず泣いた。
- 01:48:23
- どうにもならない事を問い詰めて父や母を困らせたくはなかったし、二人がその事とどう向き合っているのか確認する事も怖かった。
- 01:50:15
- 私はその話題を避けて過ごす事にした。
- 01:51:24
- 勿論、その事を忘れるなど出来なかった。だからこそ早く一人前の神官もなって父を安心させてあげなければならないと決意を固くした。
- 01:52:26
-
- 01:55:37
- 神官見習いの朝は早い。当番制ではあるが、朝の定刻に時を報せる鐘突きに始まり、教典の暗唱、写本の作成、清掃活動や焚き出しといった地域への奉仕活動なども見習いの行うべき仕事だ。
- 01:57:04
- 私はそうした務めを率先して、誰よりも早く、誰よりも丁寧にこなしていった。
- 01:57:46
- 当面の目標は神官位を得ること――すなわち、神の声を聞き、奇跡を行使する力を得ることだった。
- 01:58:26
- その為の厳しい修行を欠かす事はなかったが、神官となる方法にはより確実とされる手段があった。
- 01:58:40
- それは神殿内で一定の評価を得て、洗礼を受ける事だ。
- 02:02:22
- そして洗礼の儀式を執り行うのはおそらく父になる筈だ。私は洗礼の儀式に推挙されるよう全力を尽くした。
- 02:02:48
- その甲斐もあって、私は見習いの中で一番最初に洗礼を受ける事を許された。
- 02:02:51
-
- 02:03:58
- 他の見習い達の羨望と嫉妬、居並ぶ神官・侍祭の期待の視線が集まる中で、1時間に及ぶ洗礼の儀式は粛々と進められ――
- 02:04:06
- 私は、神の声を授かる事が出来なかった。
- 02:04:47
- どれほど乞い願っても加護を得る事は叶わず、再度の洗礼を受けても結果は変わらなかった。
- 02:05:02
- 神は私の祈りに応えてはくださらなかったのだ。
- 02:05:11
-
- 02:06:13
- 父も母も、その事で公的にも私的にも責めなかった。そういう事もよくあるのだ、と優しく諭してくれた。
- 02:07:10
- 信心が無い者に突如啓示が下ることもあるし、厳しい修行を経てなお神の声を聞く事が出来ずに一生を終えたという事例も聞き及んでいる。
- 02:07:41
- 後者の場合に周囲の人間が向けるのが冷笑的な反応であることも。
- 02:08:13
- 私はそれまで以上に神殿内での務めを熱心に行い、修行に励んだ。
- 02:08:39
- 夜が明けるまで礼拝堂に篭り、祈りを捧げる日も幾度となくあった。
- 02:08:59
- それでも神が私の祈りに応える事は無かった。
- 02:09:41
- これまでのやってきた勉強や習い事は足りない分を努力で補う事が出来た。
- 02:10:08
- よしんば満足のいく水準まで達する事が出来ずとも、ある程度の成長を実感する事が出来た。
- 02:10:35
- しかし、神への祈りには『応え』があるかないか、その両極端しかない。
- 02:11:18
- 私の祈りが届いているのかいないのか、届いていてなお聞き入れて貰えないのか、それさえも分からずに時間だけが過ぎて行く。
- 02:11:41
- そうこうしている間に他の見習い神官達の中から啓示を受ける者が現れ始めた。
- 02:12:22
- 洗礼を経て神の声を聞き、開眼したものもいた。
- 02:13:18
- 行き場の無い焦燥で、私は徐々に自分を取り繕う余裕がなくなっていった。
- 02:14:09
- 大好きな両親の労わりの言葉さえも、至らぬ自分への責めであるかのように感じてしまい辛かった。
- 02:16:00
- そんな風に思い始めると、周囲からの視線の意味も違ったものに思えるようになってしまった。
- 02:22:21
- 私に向けられる視線に憐憫や疑惑、嫉妬や侮蔑などが含まれていた事に気付いたのだ。
- 02:23:21
- 事実そうでなかったとしても私はそう思い込んでいた。一時になり始めると絶えずその考えに捉われるようになっていた。
- 02:25:14
- 幼少より注目されている事を察知することには馴れていた為、余計に辛く感じた。
- 02:25:17
-
- 02:26:07
- そんなある日、神殿務めでは無い一般の信者から高司祭までが一同に会する大きな説法会でのこと――
- 02:28:06
- 高司祭を務める父の説法は見事なもので、その内容に対する質疑応答の時間が設けられると様々な質問が寄せられた。
- 02:29:24
- 父はその一つ一つに丁寧に、分かりやすく受け答えていった。
- 02:32:03
- 私は衆目の視線を浴びる事が怖くて自分からは質問を投げかける事を控えていた。
- 02:37:50
- だが、次で質問の受付を一旦打ち切る事を父が告げた瞬間、(主に神殿の関係者が)私の方を見ている事に気付いた。
- 02:38:32
- 当然と言えば当然の事だった。私は今までこういう場では率先して発言してきたのだから。
- 02:40:44
- それに、父が公私を分ける人物だと言っても周りはそうは見ない。”トリ”の役目として愛娘ほど相応しい者が他にあろうか、だ。
- 02:41:57
- 時間にしては僅かなものだったし、実際に言葉で強制されたわけではなかったが、期待を寄せられていることはひしひしと感じた。
- 02:44:04
- 父や母の方を窺って見れば、私の緊張を感じ取ったのか気遣わしげにこちらを見ていた。
- 02:46:12
- 何も心配する事はないのだと示したくて、私は思わず手を挙げていた。
- 02:46:15
-
- 02:47:10
- 挙手した事で私の名が呼ばれ、立ち上がる。
- 02:51:48
- 衆目の中、私は発言すべき内容を吟味する。一見習いとしての立場と高司祭の娘と言う立場、それに相応しい質問内容と受け答えを頭の中で組み立てる。
- 02:52:55
- まずは聞き取りやすい声で自分の名前を告げるところからだ。
- 02:54:24
- その第一声で、私は言葉を噛んでしまい、告げる事が出来なかった。
- 02:55:30
- 一度つかえてしまった言葉を言い直そうとすると、余計に緊張しさらにつかえてしまう。
- 02:56:20
- 私の自己紹介は激しい吃音から、意味を成さない言葉の羅列になってしまった。
- 02:58:33
- その時だった。
- 02:58:57
- 話すべき内容も頭からすっかり消えてしまい混乱の極みにあった私の耳は、クスクスという含み笑いの声を聞き取ってしまった。
- 03:00:07
- 私の顔色は羞恥の赤を通り越して、紙のような白になっていたのだろう。
- 03:01:02
- 気付けば、父が私の名前を呼んでいた。そして「落ち着いて、座りなさい」と声をかけてくれていたのだ。
- 03:01:39
- そして、 気分が優れないようだから、と母が私をその場から連れ出してくれた。
- 03:03:00
- 私は周囲の期待を裏切り、失笑をかっただけでなく父や母の顔にも泥を塗ってしまったのだ。
- 03:06:11
-
- 03:06:31
- それからというもの、私は人の目を見て話をする事が出来なくなった。
- 03:08:09
- 注目を浴びる事が怖いと感じたし、その視線の意味を想像する事も避けた。
- 03:08:38
- 神殿へ行ったら、はっきりとした悪意を向けられやしないかと怯え、次第に外に出ることにも抵抗を感じるようになった。
- 03:08:42
-
- 03:09:09
- 父も母も私を気遣う事はあっても責める事はせず、閉じ篭っていく私を無理に連れ出そうとはしなかった。
- 03:11:00
- 私が晒した失態とこうして閉じ篭っている事が、私だけでなく父と母の評価を落とす事に繋がりかねないのは分かっていたけれど、それでも私は外に踏み出す勇気を持てずにいた。
- 03:12:07
- 何とかしたい、何とかしないと思いつつも神殿での”これから”を考えると身も心も竦んでしまう。
- 03:13:29
- 私は次第にそれ以外の何かに傾倒することで、本来の悩みから目を逸らすようになっていった。
- 03:13:54
- 私が目をつけた現実逃避の手段、それは魔術だ。
- 03:14:32
- 母方の実家は貴族であり、それは魔法王国とよばれるエステリアにおいて、優れた魔術師の家系である事とほぼ等しい。
- 03:15:23
- 当然、母も魔術を修めており、その蔵書が私の家には大量にあったのだ。
- 03:16:13
- 神殿通いをしていた頃はあまり興味の持てなかったそれを部屋に持ち込むと、私は一日中それらを読みふけった。
- 03:16:17
-
- 03:17:52
- 操霊魔法の熱狂の魔術は気分こそ高揚し、上やや向きになるものの心の奥底に溜め込まれた憤懣や憎悪が溢れ出そうになったので、すぐに取りやめた。
- 03:18:37
- 真語魔法の敵意・悪意を感じ取る魔術は、それ自体を使う事に怖れを抱き、結局習得までには至らなかった。
- 03:21:34
- 異界の存在の力を借りて、相手に心を開き好意をもって接する事が出来るようになる術などという、疑わしいまじないの存在も知ったが、秘密の集会に参加しなければ伝授されないと知って習得を諦めた。
- 03:22:48
- 文献という文献を読み漁り、辿り着いたのが闇の妖精の力を借りた精神感応魔法の存在だった。
- 03:23:20
- "他者と心を繋ぎ、意識と感覚を共有する" それは神の奇蹟の一つととても似通っていた。
- 03:23:40
- 生命を司る光、心を司る闇、それらの魔法を学ぶことで、奇蹟を行使できない自分にもそれに近い感覚が理解出来るかもしれない。
- 03:24:10
- 他者を癒し、意思を通わせる術を身に付ければ神も自分の祈りに応えてくれるかもしれない。そんな風に思いこむ事にした。
- 03:24:13
-
- 03:24:30
- それからというもの、私は夢中になって妖精魔法を学んだ。
- 03:25:41
- 独学で妖精を呼び出す術を学び、家にあった宝石を用いて妖精との契約を執り行った。
- 03:27:03
- 神が私の祈りにこたえなかったように、妖精も同じように呼びかけに応じてくれないかもしれないと不安で堪らなかった。
- 03:28:01
- しかし、結果は成功。妖精は宝石とマナさえ与えればいとも容易く呼びかけに応ずてくれた。
- 03:28:57
- それがマナという対価による利害関係だったとしても、神と違って私に応えを返してくれる事が何よりも嬉しかった。
- 03:29:12
-
- 03:30:12
- そうやって私が現実から目を背け、妖精魔法の習得に傾倒している間も父母は私を見捨てなどはしなかった。
- 03:34:58
- こんな私でも二人は決して私を見捨てたり責めたりしなかった。
- 03:36:39
- それどころか私が魔術に興味を示していると知ると、魔術師の学院への編入や、腕の高い妖精魔法使いへに師事出来るよう力を貸すとまで言った。
- 03:40:03
- その話を聞いたとき、私は自分が神官としてはいらないのだと告げられたようで酷く胸が痛んだ事を覚えている。
- 03:40:41
- 両親がそんな風に思って言っている事で無いのはわかっているのに、そう思わずにいられない自分の狭量さ、心の醜さに嫌悪を抱いた。
- 03:41:38
- 大好きな両親の為に選んだ道の筈が、いつの間にかすっかり踏み外してしまっていた。
- 03:42:48
- 鬱々とした心に捉われてしまった為か、独学での妖精魔法習得は遅々として進まなくなっていった。
- 03:43:03
-
- 03:43:20
- その日の晩は新月だった。
- 03:44:33
- 夜中に屋敷を抜け、庭に出れば空に月明かりは無く、濃く深い夜の闇が広がっていた。
- 03:48:43
- 私は幾度となく試しては失敗してきた精神感応の術の練習を行っていた。
- 03:50:05
- その手前の術、”心に勇気をもたらす”術までは成功したものの、どうしてもそれだけは扱う事が出来ずにいた。
- 03:51:24
- より強力な闇の妖精との繋がりを得る為の契約も力量不足のせいか失敗してしまう。
- 03:51:45
- 両親の伝手を頼って妖精魔法の師を宛がってもらう事も一瞬考えたが、すぐにその考えを心の奥底にしまいこむ。
- 03:52:56
- 或いは、何もかも捨ててこのまま家を出、外の世界に行ってしまえれば、このしがらみも屈折した思いもすべて放り出して、楽になれるのだろうか、などと考えずにいられなかった。
- 03:53:18
-
- 03:53:32
- 私にはどうすればいいのか、どうすればよかったのか、どうすべきなのか、わからない。わからなくなってしまった。
- 03:54:36
- 無意識の内に、私の口はある言葉を紡ぎだしていた。
- 03:54:49
- 「…だれ…か、こたえて――」
- 03:55:18
-
- 03:55:46
- 応えはどこからも返ってこない、筈だった。
- 03:57:44
- でも、けれど…あのひとは、私にこたえてくれたのだ。
- 04:01:18
- 私がこれからどうすべきか、新しい道を示してくれた。
- 04:03:20
- その道の先に何があるのかも深く考えずに…
- 04:03:34
-
- 04:11:01
- これが愚かな女――ペルセフォネ・テレステリオンの末路である”私”のはじまりの一節だ。
- SYSTEM◥
- 04:11:10
- ペルセフォネ様が退室しました。
- ◥
-
発言統計 |
ペルセフォネ | 149回 | 100.0% | 5600文字 | 100.0% |
合計 | 149回 | 5600文字 |